45歳、初めて「家出」をしてみた話

あほなタイトルですみません

「はじめてのおつかい」ってテレビ番組、ご存知っすか?

なんてかわいいんでしょう!

まだあどけない幼児ちゃんが、まだ見ぬ冒険の世界へ・・・おとなが見守る中で、精一杯の挑戦を繰り広げる人気チャンネル

で、こちとら、お届けするのは・・・

45歳(正確にはまだ44歳)のおばちゃんが、初めて「家出」をするという、誰も興味ないやろう的なお話。

「はじめてのいえで」

です。

でも・・・「子どもがいるから!」と言って、冒険を怖がってるそこのアナタには、ちょっぴり刺さる内容かもしれないよん。

で、ここから本題。

45歳で、人生で初めて「家出」をしました。

家を出てから、丸2週間。昨日、自宅に帰ってきまして、このブログを書いております。

「さち、はよ家に帰り!」

家出をしている間、色んなの人からそう言われました。

「お子さんはどうしているんですか?」
「ご主人に一言謝れば済む話なんじゃないですか?」

とも言われました。

一方、私の投稿を見たクライアントさんで、スタバチケットを送ってくださる方もいました(笑)

これで、茶しばいてきい!元気になれ!って激励ってことです。

子育て中の母親が家出をする。となると、まず最初に多くの人の頭によぎる言葉。

きっと、多くの人の頭に最初によぎる言葉だと思います。

でも、まあ、子どもとか、そんな数週間どっかいったくらいで、ぜんぜん大丈夫っす。子どもを捨てたわけじゃないので。

私の訴え先は、あくまで夫です。子どもらに、なんの罪もありません。

そう・・・ここ数日、私の心が、どうしても納得できない出来事があったのです。

きっかけは「地震」

夫は子どもたちを連れて旅行へ行っていました。

私はそれ自体に不満はありません。

仕事で家を空ける以上、子どもを任せることを信頼していましたし、その間に何をしてようとも、何も制限したいとも思っていません。

でも、その旅行中に地震が起きたんです。

で、子どもたちは被災していました。

その事実を・・・私は夫から知らされることはなく、偶然、子どもと電話で知ったんですよね。

いやいや・・・

「命に関わることなんだから、さすがに、旦那から教えてくれよ。」

と思い、そう伝えました。

そのときにかえってきた答えが、

「育児放棄してるやつに、報告する義務はない。」

という、なんとも謎の答えだったのです。

育児放棄

育児放棄と言われたので、私は、この言葉の正確な意味を調べてみました。

育児放棄(ネグレクト)の主な種類

食事の拒否・欠乏: 十分な食事を与えない、または栄養失調状態にする。

健康・医療の放置: 病気やケガをしても病院に連れて行かない、予防接種を受けさせない。

不衛生な環境: 衣服や住居を極端に不潔なままにする。

監護の欠如: 乳幼児を家に残して外出する、長時間の放置や危険な状態にさらす。

精神的・情緒的拒絶: 子どもの情緒的欲求に応えない、愛情を向けない。

どれにも当てはまりませんでした。

わたしは、飲み歩いてるわけでも、不倫しているわけでも、遊び惚けてるわけでも、買い物依存症になっているわけでも、ギャンブルにはまっているわけでもないです。

ただ、一生懸命「仕事」をしている。

予定をあらかじめ夫に伝え、出張に出かけていることを指して、「育児放棄」という言い分は、あまりに雑では?

であれば、世の中の単身赴任の人は、全員育児放棄なのか?はて??

頭が謎だらけになりました。

でも、その奥で、私の罪悪感はうずいたんです。

あ・・・・また数年前の繰り返しになる・・・

過去の生活に絶対に戻りたくない恐怖感が、私に押し寄せてきちゃったんですよね。

根本にあるのは私の生き方への反発

時間が経って分かったことがあります。

私が本当に苦しかったのは、その言葉そのものではありませんでした。

その奥にあった、

「お前の生き方は間違っている」

という、押し付けともとれるメッセージでした。

夫の価値観は、私と真逆です。

それを、今までは、私は夫に合わせる形で生きてきました。

表面的には自由に生きているように見えたと思います。が・・・根本的な、根っこの部分は、私は自分を押し殺していました。

でも、そんな生き方、もうやめたい!

私は、本当は、思いっきり仕事がしたい!

もっと挑戦したい!

もっと、全国の色んな人と出会いたい!

もっと社会の中で、自分の力を使いたい!

そして何より、

そんな姿を子どもたちに見せたい。

夫の顔色をうかがいながら、小さくなって暮らす母親ではなく、

自分の人生を、自分で選びながら生きる母親でありたい。

そう願ったので、そう行動することを決めました。

私は、私を曲げたくなかった!

この2年間で、私は大きく変わりました。

だからこそ、その変化は、夫にとってはきっと、受け入れがたいものだったんですね。

私が好きなタイミングで、好きな仕事へ向かうこと。

私が自分の意思を持つこと。

私が外へ出ていくこと。

それは、夫の価値観とは大きく違っていたのでしょう。

だから、「育児放棄」という言葉になったのかもしれません。

でも、ここで折れたら、また昔の自分に戻ってしまう。

また相手の顔色を見ながら生きる人生になる。

それだけは、絶対に嫌でした。

だから家に帰りませんでした。

子どもたちには事情を伝えました。

でも夫には連絡をしませんでした。

いつ帰るかも伝えませんでした。

「私は、このままでは戻れない。」

それだけが、私の答えでした。

で、昨日帰宅してみて・・・

2週間ぶりに帰宅しても、家の中が劇的に変わっていたわけではありません。

夫婦の問題が解決したわけでもありません。

これからも話し合いは避けて通れないと思います。時間も必要でしょう。

でも、一つだけ確かなことがあります。

私自身は、もう以前の私ではありません。

誰かに人生を決められるのではなく、

自分で選び、自分で責任を持って生きる。

その覚悟だけは、あらためて、この2週間ではっきりしました。

帰宅すると、家の中は見事なくらい散らかっていました。

まずは掃除から始めようと思います。

人生もきっと同じです。

一度散らかってしまったものを、いきなり元通りにはできません。

少しずつ。

一つずつ。

人生の形をつくっていけたらと思います。

45歳で初めての家出。

それは家族を捨てるためではなく、

私自身の人生を、もう一度決意するための、素晴らしい2週間になりました。

泊めてくれた友人に感謝です!ありがとう!

関連記事

このブログに関するご質問、ご相談は、お気軽にLINEまで!

コトバの奥を感じ合える世界へ

表現士
いとうさち

<経歴>

・奈良女子大学文学部附属中高等学校
・関西大学総合情報学部 卒論は「遺伝的アルゴリズムの研究」プログラミング、アプリの活用まで。htmlを独学し、趣味でホームページを作ってブログを書いていた変な人。
・2004年三菱UFJインフォメーションテクノロジー入社、メガバンクやクレジットカード会社にてシステムエンジニアと勤務。業務改善の提案、システム設計、テストから運用まで、全フェーズに携わる。システム統合プロジェクト3か所。管理職、プロジェクトマネジメント、エンジニアの育成、会社の研修担当など。勤続15年。担当したプロジェクトが、日本初の仕組として日経新聞にも掲載された。
・2018年に同社を退職、個人事業主として独立
・2019年よりWebデザイン事業スタート。その後、受注1年待ちとなったタイミングで、プロデュース業、講師業へ転身。
・2023年よりクリラボ開講
・2024年2月 株式会社さちらい設立 代表取締役に就任

<資格・認定>

・SUN Java認定資格(Sun Java Certificaton:SJC)
・国家資格:基本情報処理技術者
・国家資格:応用情報処理技術者
・国家資格:高度情報処理技術者
・「ネットで女性に売る」著者 谷本理恵子氏「女性マーケティングアドバイザー」認定

<クライアントの実績>

・広告運用 ROAS3663%
・成約率2倍アップ
・1分で43名集客
・ホームページリニューアル直後の問合せで2000万円の契約受注
・年商は4~5倍
・インスタ12投稿で⇒講座への興味83件獲得
・リール1投稿でフォロワー300人超え(フォロワー1000人未満から)
・お申込み開始5分で35名満席のLP

 など、多数

<スキル>

・人生を根こそぎ表現する「ライティング」
・潜在的な声を引き出す「ヒアリング」
・プロジェクトマネジメント
・撮影(インタビュー&プロフィール写真)
・プロモーションサポート

<歩み>

1981奈良うまれ。
関西にて学生時代を過ごし、新卒入社をきっかけに上京。

メガバンクにて、
システム開発を担当。

当時から
開発ポリシーとして、
現場の声優先。

「現場を知る」という意味では
銀行本部の人間よりも熟知。
システムの
真の使い勝手を追求してきた。

長女の不登校、
次女の出産をきっかけに
2018年、脱サラ。
手作りティアラ教室を開講。

超ニッチなジャンル、
師匠の教室は目と鼻の先
という状況下で、
youtubeとSEOブログを
使って集客。

初回レッスンより満席、
高額コース販売、
イベントレッスンは人気で
追加日程など。

情熱を発信することで、
選んでいただけるという
幸せを噛みしめます。

ティアラ教室を素敵に魅せたい!
という目的で
デザインを学び始めたら、
デザインの面白さにドはまり。

先生業の仲間から、
デザインの依頼が続いたことで、
いつの間にか、デザインが本業に。

ホームページ制作がクチコミ、
ご紹介で広がり、
受注1年待ちとなったタイミングで、
プロデュース業へ。

現在はプロデュース業を中心に
起業家さん、法人の裏側に回り
「思想表現」を軸とした表現のサポートをしている。

関わったお客様は、
のべ、300名さま以上。